第十一回 野上弥生子――茶三昧賢く生きる2

株式会社かねも 相談役 角替茂二

―――利休の人物像
野上女史の利休観に最も参考となるのは一九六一年のNHK野村アナウンサーとの対談形式の講演である。(別2P137)講演の中から女史の興味ある発言を拾ってみた。

(一)執筆の動機と経緯
最後に死によってその権力者と対決したという人はかつていない。ところが千利休だけはあの対決の結果が、ついに死において終わったという悲劇その形が、独特におもしろい。おもしろいということばは・・・・・・興味があるという意味で、ものを書くものには興味が深いわけですから、一度、取り扱いたいと思っておりました。ちょうどわたくしの懇意にしております唐木順三さんという方が、「千利休」というのをお出しになった。それをわたくしが拝見致しまして、これならばわたくしも作品として創作ができるのじゃないか、それで唐木にご相談いたしましたんです。そしたら是非お書きなさい、参考書は何もかもお譲りしますからということで、激励されましたので、これが一つのきっかけになって、書き初めたのです。それでもわたくし意気地がないので、五~六年かかったのです。

(二)利休の人間性、多面性
野上 利休はただいわゆる茶聖というふうな形で祭り上げられているような、そういう方である一面、同時にまた堺の商人としての普通の人間であったということ、それを作家として正しく描き出したいという願い、それをわたくしははじめっからもっております。人間はみんな二重人格、三重人格、悪くて四重人格とも申せます。だから利休の中には単なる一人の利休ではなくて、二人の利休、三人の利休、四人の利休があったかもしれない。その中にはさきほど申したように、商業的にもはなはだ意欲の強い堺商人の根性を持った男もあり、それからまた茶なら茶のほうにおいて、また彼が学んだ禅の修行というふうなもの。それに対するやっぱり非常に精進の深い利休もあり、いろいろな利休がそこに複雑に混合された存在としてあると、こういうふうにわたくしは見たいと思います。

野上 金銭に対してはかなり鋭敏な頭をもっていたのではないでしょうか。
野上 つまり戦というもの軍需景気を伴うでしょう、それと同じでそういう商人、経済人というものの結び付きは非常に大事なことですね。
野上 ええ、そうなんです。だからおそらく、お茶席ではもうけ話も・・・・・・、お茶席ではしないことになっているんだけれども、いろいろとなんじゃないですか。内緒話なんかも密談の場には都合がいいでしょう。
野上 ことに先ほど申したように、自由都市の堺商人のプライドは持っていながらも、やはり権力というものに対しては、尊敬を示すことを必要とする立場がございますから、ある場合にはほどのよいことも言わなければならないというふうなこともあったのでしょう。そこのいろいろな使い分けは複雑微妙であったんじゃないでしょうか。
野上 非常に鋭敏な人だと私は思いますね、利休という人は。
やはり堺商人としてのですね、いろいろな情報がはいってくる、今で言えば経済性からくる情報分析がたけていたということも一つありますね。それもそれでありましょうけれども、性質として分析ができるということは、賢い利口な頭の働く男でなければできませんから、同時にまた利休にはたくさんのお弟子さんがあるでしょう。そうすると秀吉の意をそれに内々伝えて諸大名の家老とかいうふうな人たちに、島津でもそうですけれども、利休それ自身においてもいろいろと意を通ずる便利がたくさんあったから、秀吉にしろ自分か口をきかなくても、利休に腹をさぐらせる便利があったんじゃないでしょうか。
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(三)美の創造者としての利休
野上 たとえば一番はじめに建てた、問題になっております山里の茶室とかいった二畳台目ね。そういうような極度に簡素なほんとうに泥と紙とわずかな木ででき上がっている様な建物、それから同時にお茶筅、お茶杓から何もかも、黄金ずくめ、ふくさは金襴というふうな、そういうふうな黄金の茶室というふうなもの非常に著しいコントラストだけれども、わたくしはやっぱり利休は同じような意欲を持って、それをしたのではないかとわたくしはこう思うのです。それは普通には秀吉のいわゆる金ピカ主義というものに迎合をしていやだけれども、ああいうものを作ったという解釈をなさっている方もあります。けれども、わたくしはひとつそれもおもしろい、やってみようというふうな気持ちが、美のいろいろなバラエティーの上において、それだって統一がちゃんとあれば、やっぱり美しいものになるのですからね。だからわたくしはかなり意欲的に自分がやったのではないかとこういうふうに考えております。
野上 わたくしはいっそ主体的にいわゆる美の創造者としていろんなことをやってみたかったのじゃないかと思うんです。
野上 同時に一方には、お茶というものは先ほど申したように湯を沸かして飲むだけのものだ、と言い切ることもできるんですから、だからただ一方的に片付けないほうが人間としてはおもしろいですね。

(四)利休の死の原因
野上 その原因として、わたくしは唐御陣なる朝鮮征伐お否認をあげるわけですが、従来はこの説を主張する人はなかったのでした。でも近ごろはそんな考え方をする方々も現れたようです。

(五)フィクション紀三郎について
野上 紀三郎という人をなぜああいう男に描いたかといいますと、これはバーナード・ショーのことばなんですけれども、子供が親を批判出来るようになった時に、初めて、子供は成長したのだということばがあるんです。それで親を批判することができるのはいちばん賢い子供じゃないでしょうか。だから側にいて朝晩、親に対する愛情は愛情としてそのほんとうの姿を見ることのできるのは、やはり子供だろうと思いますね。子供が成長するにつれて、親にいろいろな要請があったり、こういうふうな親であって欲しいという望みを持てば持つほど、批判ははなはだ辛らつになるわけなんじゃないでしょうか。

(六)あれも、これも書きたい(別2P154)
野上 あの小説は「クォ・バディス」のネロとペトロニウスの政治家対芸術家という対立関係が、秀吉と利休のイメージに結びついて出来たものです。だから批評家のかたがたが「芸術家が権威者に勝った」という主題をあそこから読みとったのは当然だと思うけれど、実は、私は利休が死によって自分自身に勝ったことを書きたかったの。利休にも人間の二面性がある。しかし芸術家の彼を守り通すため妥協せずに死んだ――そう考えたかったのよ。
そこを露骨に書くのがいやで、故意に筆をはぶいたんですが、もう少し書きこんだほうがよかったかもしれない。

――――唐御陣
「唐御陣は明智討ちのやうにはまゐらぬ」の設定について歴史学者奈良本辰也氏は高く評價をしている。
小説では、北條氏の先代にあたる幻庵なる人物をして、宗二を利休に逢わせるための脱出にしている。
では、この小説は歴史からみれば、あくまでも虚構の世界であり、事実と全くかけ離れているのかというと決してそうではない。最も重要な場面に於いては、歴史以上に歴史的叙述となっていると言えよう。
それは、利休が死罪に追い込まれてゆく歴史の過程であり、その時代の背景である。この過程では、野上さんの政治史へのせまり方は実に綿密であり、また繊細である。それは石田三成や前田玄以などの官僚政治家が構築しようとする支配形態と、前田利家・細川三斎・徳川家康などの考える政治形態との微妙な差についての叙述をみれば分かるであろう。
三成らの考え方は、あくまでも秀吉政権下に於ける絶対主義ともいうべき統一国家であった。しかし、前田利家はもちろんのこと、徳川家康もそれに従えない考えをもっている。それが対立として、あるいは別の考え方として噴出してくるのが「唐御陣」即ち、朝鮮出兵なのだ。
秀吉が最も頼みとしていた弟の大和大納言秀長も、「唐御陣」には賛成ではない。利休の心にはその秀長に通じ、利家や家康と同じように批判的な考え方が働いていた。しかし、天下の茶頭と雖も、それに批判的な言辞は許されないのである。
それを、ついにあるとき口に出したというのが野上さんの設定である。そして、それが問題になるところで、利休の最もよき理解者だった秀長が死ぬ。秀長というよき理解者であり、また庇護者を失った利休は、そこで利家・家康らを一亭一人の茶会に招くのだ。
それが、三成らの感情を逆撫でにするものであったことは言うまでもない。利休は、死罪への坂を転がるようにして辷ってゆくのだ。この辺りの叙述は、まさに圧巻である。いや歴史の叙述としても成功しているといえよう。一つの史観である。(月報22)

秀吉と利休については参考書が多い。次の三点は特に面白く感じた。
桑田忠親「千利休」
堀口捨己「利休の茶」
井上 靖「本覚坊遺文」

――――「迷路」の中のお茶
野上弥生子の小説の中でお茶はもてなしのお茶として随処に出てくる。それは女史の女性らしいきめの細かい筆致である事は申す迄もないが、特にお茶のうまさを強調していると思われるのは名作「迷路」の中の次の描寫である。場面が場面だけに効果的である。・・・・・・隊長の伍長が、相変わらずの上方弁で部下に命じ、取っておきの宇治の茶を淹れさせた。欠け茶碗の上につがれても、上品にうす緑に匂ふ茶はなんとも久しぶりで、省三はそのまま咽喉に流しこむのが惜しいほどに思へた。・・・・・・行きついてから先きのことはもう考えるな。さっきの一杯の緑茶に、さういひきかされた思ひになってゐた。
「迷路」は長編で上流社会の事を描き茶の湯の匂いもしない訳ではないが御点前の具体的な描寫は見当たらない。ただ裏千家の家元が来て茶会の正客をつとめ、それが見事であった。(全9P185)、又稻生の父が庭に三つの茶室をもち茶道具を集めたりしている事を述べているだけ。(全10P229、全9P331)反って場面場面に応じて焙ばしい番茶や熱い紅茶が出てくるのが如何にも女性作家らしい優しさである。

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