第十二回 野上弥生子――茶三昧賢く生きる3

株式会社かねも 相談役 角替茂二

―――女性的な文章
鳩公の話
人が何とか云うふと、
鳩の糞は大変綺麗なものですよ、薄い緑でいゝ色ですわ。」と平気で糞まで誉める様になりました。
其鳩公は何時の間にか声変わりがしてピイ〱鳴いていたのがグウ〱太い調子になって、種々ないたづらも劇くなりました。お客様が入らしておよそさんがお座敷にお茶を持って、行くと鳩公も屹度一緒に随いて出て、およそさんがお茶を注いだお茶碗をお客様の前に差し出すと、直ぐ其お茶碗の前に出て行って首をさし込んでごぶ〱とお茶を飲む悪戯も覚えました。(全1P15)

大石良雄
「昨日は如何でございました。」
「うむ。」
「皆さんお集まりでございましたか。」
「うむ。」
妻は着換に手伝ひながらそれのみを聞かうとした。内蔵之助が例の調子ではずみのない返事をしても、撓みはしなかった。着換がすんで夫が居間に引き取ると、彼女は茶道具を用意してその後に従った。
「それで、」彼女は程よい湯加減で一杯の香ばしい茶を拵へてから、再び同じ話題を持ち出した。
「あちらへお立ちになるのはいつ時分でございませうか。」
「まだはっきり分からない。」
内蔵之助はそれよりも茶の味の方へ心を引かれる、と云ふ風な答へぶりをした。(全6P68)

茶碗の雅味
毀れた茶碗にもそれ相応の美しさがあるとして次のようなくだりがある。
破られ、こぼたれるのはものの条理にしろ、すべて同じ破れ方、こぼれ方をするとはいえないし、場合では、粉々にならない限り、破損をもいっそ美しいものにしないだろうか。たとえばお抹茶茶碗などについて見よう。どうかして生じたひび割れ、ふちの欠け目が、にかわで埋め、金を嵌めての所謂つくろいによって、まえよりも一段雅味あるものになって珍重される。ついでにいうならば、利休などの名にむすびついて伝わる名物ものの如きは天下一の御茶頭のこころと業が泌みついて、器物そのものを質的に変えているのかもしれない。 
これは老人に有難い世の中になってきたけれども、人間は焼きもののようなものである。つくろいのきく間はしっかりせねばといふ、老人自戒の前置きではあるが。随筆の題はお正月さま。(全23P228)

――――イギリス人のお茶好き
一九三八年頃の外國旅行記に次の文章がある。ロンドンの話。
全く英国でお茶に大騒ぎする有様は噂に聞いてゐた以上で、四時過から五時までのティー・タイムは、彼らには一種神聖なサーヴィスであり、地上の法悦であるらしい。路ばたの新聞売でも、乞食でも、それだけは欠かさないと云はれてゐるくらゐで、家にあれば家で、出てゐればどこか店にとびこんで、紅茶茶碗を手にしないものはなく、日本のやうに飲茶をしない劇場でさへ、(マティネに限るが)お茶だけは争って飲むのが私をはじめびっくりさせた。それも喫茶室があるわけではなく、プログラムやチョコレイトを売りに来る中売の女たちが、その時刻になると註文を取って廻る。さうして急須と茶碗とミルク入れとお砂糖と、それにお茶とともになくてはならないバタつきの薄切パンとカステラなどを載せた四角な銀盆を配って来るのである。見物のヂェントルマンとレイディが、狭い座席でその盆を膝の上に載せ、幕間に飲んでゐるのを見るとなんと古風だらうと思ひ、またそれ程にしても一度のお茶が省けないのかとをかしくなったが、いっぺん真似をして取って見て、それがなかなか修練を要することを知った。
だいいち、人の座席越しにこぼさないやうに盆を受けとるのがむづかしく、また膝に載せるのに一と苦労である。ただ彼らは脚が長いから膝の安定もわりに確からしいが、私のようなチビの膝は、一方だけ低くなった卓のうやうで、載った盆を支へるためには、絶えず両方の靴を浮かしてゐなければならない。ちょっと隣りから触られられてもがちゃんである。その中で注いで、お砂糖を入れ、お乳を入れ、やっと飲んで、お菓子を食べて、それを短い幕間に丁度にすまして、盆を返すのだから気ぜはしさこの上なしであるのに彼らは上手にやってのける。のろ臭いのが定評のヂョン・ブルも、お茶となると特別な能力を発揮するのかもしれない。(全16P387)

もっとも近時ロンドンに定住している知人から次のような便りがあったのでつけ加えてみる。
紅茶を飲む習慣は多分地方には未だあり、ロンドンでもお年寄りの間には残っていると思いますが、ロンドンの若者はコーヒー党が圧倒的です。オペラやコンサートの幕間では、シャンパンやグラスワイン飲んでいます。この街は東京と同じで、外国人が多く住み、各国のレストランも多く国際都市化しています。金融市場として世界一で外国人の出入が活発になった結果と思います。
―――― 一九五七年中國広州旅行
半世紀も前の中國旅行中のお茶の話である。今はどのように変化したか、将来はどうなるのか、よく解らないが、車中の茶は旅行者の旅情を誘ふ絶好の飲みものであったにちがいない。
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広州行急行の軟車にのった。ともに連結された硬車は腰掛けも木製のままであるのと違い、このほうはオリーブいろのきれで張られ、かけ工合もよい。二、三等にあたるわけであろう。ただ区別がいかにも漢文調になったところに、さっそく中国感が感じられ、車内にも日本の列車にはないものがあった。それは窓際の小さい方卓でのお茶の支度で、人数だけのガラスのコップが並んでおり、それも同じ数だけおかれた紙袋の茶葉をコップにあけると、藍木綿の制服のボーイさんが、上から熱湯をなみなみと注いでお茶ができる。ボーイさんの大ヤカンは四リットルちかくはいるだろう。かたちは西瓜のようにまるく、口は病人が使う吸い飲みの恰好で長く突きだし、その一端をのぞいては、頭巾をかぶったようにきれで包まれている。保温もあろうが、うっかり触れればやけどしかねないのを防ぐためらしい。ボーイさんはこの大やかんを提げては現われ、たえずコップを満たして歩く。茶の葉は底にたまっているから、そのたびに乗客は新しい熱い飲料をもつことができる。乾ききった中国の生活には、これはなくてはならないものとはあとで知ったことで、この時は、長いモップをもったボーイさんがたえず床掃除に来ると同じに、行きとどいたサーヴィスだと考えた。それ故また迂闊にもただかと思ったら、一袋単位で勘定をするらしい。マッチ箱くらいのこの小さい紙袋には、五ヶ年計画を繰り上げて遂行しよう、といった意味の標語が刷ってある。(全15P286)

――――日記の中から
今日は午後岡倉覚三氏の「茶の本」をよんだ。いろ〱な意味で面白かった。岡倉氏が多方面の知識と豊富な詩才をもってゐられたのを知った。しかしこれは西洋の讀者のために書かれたものであるから、私たちから見れば幼稚な、云はないでもよいことまで触れてゐる。同時にまたその目的が一種生新な観察や表現を生じさせてゐるのでもあるが。ところどころドグマもあるらしい。少くとも細川家の血達磨の芝居を例に取って、芸術に対する一般の神聖な評價を高唱したのは見当ちがひではないだろうか。これは芸術を神聖視したのではない。忠義を神聖視したのである。(全18巻P262)と記している。
この日記の文章は女史が「茶の本」を極めて興味深く讀まれたかがよく解る。文中ところどころドグマもあるらしいと記しているがこの事は讀者の誰にも異論がないだろう。愛孫岡倉古志郎氏でさえ天心は矛盾の塊りであると云っている位である。(大岡信岡倉天心P189)若冠三十にして「日本美術史」の講義を行ない詩人であり哲学者であり、芸術家であった天心は日本語より英語の方が得意であった。このくだりの原文は次の通りである。
At the time when Teaism was in the ascendancy the Taiko’s generals would be better satisfied with the present of a rare work of art than a large grant of territory as a reward of victory. Many of our favourite dramas are based on the loss and recovery of a noted masterpiece. For instance, in one play the palace of Lord Hosokawa, in which was preserved the celebrated painting of Daruma by Sesson, suddenly takes fire through the negligence of the samurai in charge, Resolved at all hazards to rescue the precious painting, he rushes into the burning building and seizes the kakemono,only to find all means of exit cut off by the flames. Thinking only of the picture, he slashes open his body with his sword, wraps his torn sleeve about the Sesson, and plunges it into the gaping wound. The fire is at last extinguished. Among the smoking embers is found a half-consumed corpse, within which reposes the treasure uninjured by the fire. Horrible as such tales are, they illustrate the great value that we set upon a masterpiece, as well as the devotion of a trusted samurai.

「茶の本」の邦訳としては村岡博の名訳(岩波文庫)ほか数種ある。原文の終りの部分について、村岡氏は「実に身の毛のよだつ物語であるが、これによって信頼を受けた侍の忠節はもちろんのこと、わが國人がいかに傑作品を重んじるかということが説明される」と訳している。
野上女史が讀まれたのは原書であったか飜訳であったかは分からないが、「茶の本」は発想が日本人ばなれし、而も達者な英文であっただけに外人に訴える力は大きかっただろう。
天心の評論として日本人向きのものに河上徹太郎、大岡信、松本清張などのものがある。いずれも考えさせられる独創的な力作である。

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