第六十回 宮本 百合子 ― ロシヤのお茶(1)

株式会社かねも 相談役 角替茂二

宮本百合子
旧姓は仲篠、宮本顕治の妻、一九二七―三〇年、湯浅芳子とともにソ連に滞在。プロレタリヤ作家同盟常任委員、終戦迄三度検挙、息の長い作家生活。
戦後民主主義運動の先頭に立ち、戦前「蟹工船」を書いた小林多喜二にならぶ。
宮本の代表的作品として「伸子」「二つの庭」「播州平野」「道標」などがある。

緑茶愛用
一九二七年一二月の文章倶楽部に次の如くある。

飲  料
わたくしは緑茶をずいぶん飲みます。御飯をたべるにも緑茶を飲みたべるのです。ですから人に「米搗き」なぞとからかわれます。越後の米搗きはお茶を飲み飲み御飯をたべるのだそうです。としてみるとわたくしの嗜好というものなぞは、レファインされない嗜好なのでしょう。
朝の食事はいつもきまって、パンと卵と紅茶とだけです。夏は卵のかわりにトマトをたべます。

お茶好きだけに甘いものをよく食べていたらしい。
(全17P364身辺打明けの記)

筆者はお茶好き文学者だけ取り上げて書いている訳ではない。日本の文学歴史上忘れる事の出来ないと思われる人達とお茶とのかかわり方を述べているだけのこと。ここを出発点として考えたい。又、原文の羅列が多いのは出来るだけ作者の真意をそこなわない為である。大方の御叱正が得られれば幸いである。

さまざまなお茶の場面

●逮捕の時
台所のわきの四畳半の茶の間へ行くと、入ったばかりの所に小娘のヤスとその姉とがかたまって、息を殺した目つきをして、鞄を下げたなり入って来たわたしを見上げた。その脅やかされた様子を見ると、侵入者に対する憤りがこみ上げ、わたしは、できるだけあたりまえの調子で、
「お茶を入れておくれ」
と云った。帽子をぬぎすてて、チャブ台の前に坐った。熱い茶をゆっくり飲みながら、家がこういう状態になったことを、何とかして宮本に知らす方法はないかと考えた。

わたしたちは仕事をもって海岸にある親の家に行っていて、自分ひとり帰って来たところであった。宮本とはステーションでわかれたぎりである。彼は、それから広い東京の中で、どこへ用たしに行ったか、わたしには分っていない。だが、それでも知らす法はないものか。ぜひ知らせたい、と思った。ここはわが家で、しかも今は敵に占領されたのだ。わが家と思って、彼が帰って来ることがあってはならぬ。――

わたしが時間をかけて茶を飲んでいる次の部屋の前にある縁側の方から、もう一人別なスパイが首から先に上って来て、山口とこそこそ話し、しかも抜け目なく襖一重のこっちの気勢を監視しているのがわかる。連れてゆかれるものと思い、わたしは生卵を二つのんだ。
(全4P355一九三二年の春)

●家族の団欒
田舎へ立つ前、こういうことがあった。やはり、彼が部屋で茶を飲みたいと云った時であった。伸子は何心なく、
「じゃあ持って来て上げるわ」
と云って、食事部屋へ行った。母が女中と夕飯の支度の打ち合せをしていた。彼女は伸子を見ると、
「何だい」と尋ねた。
「お茶」
「――お湯があるかしら」
多計代は、手をのばして鉄瓶にさわった。
「ああ丁度いい塩梅だよ」
伸子が茶碗を揃える間に、彼女は自分で急須を調えた。
「おいしい蒸羊羹があるよ、あれでもきろうかねえ」
ゆったり茶を注ぐ母の態度には、伸子と一緒に茶を飲むことを楽しむ様子がありあり見えた。伸子は三つ茶碗を並べたまま部屋へ佃を迎えに行った。
「いらっしゃいよ、母様がその積りなんで私困るわ」
しきりに進めたが、佃は到頭動かなかった。伸子は、巳むを得ず戻って、母に嘘をついた。
「今一寸手がはなせないんですって。これだけいただいて行くわ……私はすぐ来るから待ってらして頂戴ね」
母は、悪意もなく皮肉に云った。
「それはそれは。――宿屋暮しのようで御不自由なことだね」
母に後を向け、小さな盆に湯呑をのせていた伸子は、自分達二人が愧しいような、大きな家の隅っこにいじけてかたまっているような、いやな心持がした。部屋まで数間の廊下、伸子の感情は複雑に動いた。
(全3P141伸子)

百合子は東京の中流家庭の娘。建築家の父に従ってニューヨークへ行き、そこで知合った古代東洋語の研究者(日本人)と結婚、数年で離婚、その間の女性としての成長プロセスを描いたのが小説「伸子」。

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●茶の湯のたしなみ
…………
 
愛嬌のある夫人が、心持首を傾けるようにして、
「いかが、お茶を差上げましょうか」
と云った時、正隆は、半分は上の空で、半分は、普通の茶だと思い込んで、
「有難う、戴きます」
と返事をした。
然し、いよいよ改まって、狭い、くすんだ、炉の切ってある坐敷に席を改めて、帛紗捌きが始まると、正隆は我に周章し始めた。
書生である彼に、そんな優雅な趣味は教養されていなかった。のみならず、必要だと思ったことさえもなかったのだ。
…………
自分のような書生が、こんな七面倒くさい作法などを心得ていないのは常識で考えて見たって、直ぐ解ることではないか。
それを、ただの茶でも飲ませるようにして、何心なく誘い込んで置いて――。二人ともが、ちゃんと腹の中で牒し合わせていたに違いないのだ――。
正隆は副島氏の夫妻がここでは有名な、茶の凝屋であることは知らなかった。謡の好きな人が、泣きそうになる相手を前に据えて、心から喜び楽しんで「鉢の木」を一番という心持を知らない彼は勿論、副島夫妻の罪のない喜びを理解し得ようもなかった。彼等にとって、正隆がいてもいないでも、その純粋な楽しみは同じである。小さい子供達が、友達を呼んで飯事をしましょうよ、というような心持で、彼等は正隆をお客様にしたのである。
…………

思わずも、またうまうまと羂に掛った自分に、嚙み捨てるような冷笑を与えながら、正隆は女がするようにキリキリと眉を吊り上げた。が、然し、坐を立つことは出来なかった。毛虫が塊ったようにしかめられた眉が、研いたような夫人の瞼がもたげられるのを感じて、殆ど本能的に緩和された瞬間、正隆の前には、もう茶碗を捧げた夫人が現れた。
細い、反を打った白い指先を奇麗に揃えて、静々と運ばれた茶碗の中には、苔のように柔かく、ほこほこと軽そうな泡が、丸く盛り上って濃緑に満たされている。それを見ると、美くしいと思うより先に、正隆は理由の解らない憤りを誘い出された。
手にも取らず、凝と茶碗の中を見詰めている正隆に、夫人は、
「不加減でございましょうが、どうぞ」
と云いながら微笑んだ。
…………

「渋谷さん、そんなものは、どうお飲みになったって拘いませんですよ」
と云いまでした。が、正隆は、依然として動かない。稍々度を失った夫人が、何か云おうとして言葉を探している拍子に、ひょいと頭をもたげた正隆は、薄明りの陰を受けてこの上もなく陰惨に唇を曲げながら、
「奥さん、何のためにこれを下さるのですか?」
と云った。

思わず眼を瞠って良人と視線を交した夫人は、それでも社交に馴れた笑を忘れずに、
「まあお若い方は、理屈っぽいこと、何でもない、ほんのお口直しか、お口穢しでございますわ」
「そうですか――然し、奥さん、奥さんは、私がこんな作法を知らないことは、始めから御存知なんでしょう。御承知でありながら、何故、私の知らない、知らないから飲めもしないものを、下さるのですか?」

ここまで来ると、さすがの副島夫人も顔の色を変えた。正隆を見た眼を反らして、凝と彼方を見ていた夫人は、暫くすると、殆ど、命令するように、はっきりとした口調で、
「どうも、お気の毒を致しました」
「それでは、失礼でございますが、御免を蒙って、貴方」
夫人は、眉を上げて、駭きと不快で、度を失っている良人を見た。
「お廻し下さいませ」
この夫人の態度が、正隆の言葉に解くことの出来ない封印をしてしまった。
その座敷に戻りはしても、もう瞳も定まらない正隆は、碌な挨拶もしないで、飛び出してしまった。
(全2P69渋谷家の始祖)

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